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歳末の市場
2006 / 12 / 31 ( Sun )
30日、本日昼前、自転車で15分程走って、主人と卸売り市場に行って来ました。

入り口の店で、主人用に5本指の靴下、毛ふわふわの靴下を買う。
乾物屋で乾燥青豆購入。魚屋さん、肉屋さんが多い区域では、カニ、カニカニ、1000円!1000円!
○○鮭、3000円!3000円!1500円だっ!
にぎやかなこと。人人で通りは進み難いほど。年の瀬!

トラの剥製は苦手だけれど、その他多国籍家具、靴、置物、小物、他、何屋さんかは不明、雑多な物が、迷路のごとく置いてある店に入って、主人が行方不明になりました。
店の前で呼べど聞えるはずは無く…
魚屋さんの方からポロッと出て来ました。ホッ。

幅が5~7センチもある赤貝が出ていたので、小さいのはないか聴くと「”さるぼ”はないな」と返事あり。
郷里でお正月に欠かせない赤貝(幅2~3センチ位)に”さるぼ”と別名があるとは、知らなかった。
こちらでは売っていないので、今迄、名前を聞いたこと無かった。

赤貝の剥き身8個小皿に並べて、1000円、1000円!生きてるよ! エッ!ナヌ!と思ったら、
店のおじさん、棒でちょんちょんと剥き身をつつく。
動いた! 赤貝、家から掻き出されてるって分かってるのか?

「貝は貝の中で死んだのは食べちゃダメ!
剥き身にしたのは死んでも食べれるんだよ!」とおじさん。

貝の中で死んだのは、いつ死んだか、なんで死んだか、分からないから、食べるなって事でしょうか? 
それよりは、元気だと確認して剥いだ身は、新鮮なうちは安心ですよね。
買ってしまいました。

蒲鉾、数の子、など二人の自転車の前かごに納まる程度で買い物終了。
家に落ち着かぬお正月なので、ささやかな準備。

後1日で、新年! 2007年です!よいお年を!
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日々のこと | コメント(6) | page top↑
動く松葉ガニ
2006 / 12 / 30 ( Sat )
松葉蟹のご報告。
航空便で届いた発泡スチロールの箱を開けると、うわっ、大きな松葉蟹1匹と親蟹3匹が腹を上にして、足を動かしています。それにアゴ(飛び魚)の太竹輪あり。
嬉しい~~~!
郷里の姉からの贈り物。

夕刻、近くに住む娘がやって来て、なむさん、ごめ~~ん!と料理いたしました。
毎年私がやっておりましたが、今回は私の、立ち向かうエネルギー不足と娘に受け継がなくてはと、やってもらった次第。

松葉蟹は足は焼き、体は茹で酢味噌で(身、ぎっしり)親蟹は久しぶり。
3匹共にアンパンを抱っこしてる風に腹はち切れんばかりの外子を抱えている。

私は外子を食べた記憶が無い。同郷の主人も捨てていた物だと言う。
娘が、食べられるのではと言うので、郷里の姉に電話した。
「捨てている。でも佃煮にしたと聴いた事がある」と言う返事。
酒、醤油、砂糖少々で煮た。ぷちぷちして、おいしい!

親蟹、殻を取ると、つるっと朱色、まばゆい”カニみそ”が!鮮色!
体分割し、3匹とも白味噌のお汁に。
超うまっ、幼い時から大好き味。

アゴの野焼き。幼き頃は7月初旬頃のものだったと思います。
注文しとくと、魚屋さんで作った焼きたてのが配達され,暖かいうちに食べる。
う~~~ン、味、匂い!思い出す!
送ってもらったの、なつかしい、おいしさ!

アゴ野焼は一時でしたが、1年中魚屋さんでは、今の焼き鳥屋さんの如く、炭火の上に竹棒に魚のすり身を厚く付けたのを並べ、回しながら焼いていました。
焼けると表皮が出来て、プーと膨らんで来ますところを、魚屋の叔父さんが、金ぶらしでとんとんと叩きますと、膨らんだ所の空気が抜けてしわしわになる。
繰り返して、全体がむらなく茶色になると野焼き出来上がり。

いい匂いと膨らんではしわしわが面白く、小学校の帰り道の魚屋さんの作業を、よく眺めていたものです。

アゴの野焼きは大人気でしたが、季節もので一時期しか食べられなかった。
今、郷里では年中食べられて、幸せですね。
魚屋さんの野焼火はとっくに消えてしまいました。

さて料理は出来上がり、主人、娘と3人で食べました。
カニの身を取り出す作業に夢中。満腹!

松葉かに(親蟹は松葉蟹のメスです。松葉蟹より少し小さい)は、カニの中で最高の味だと思います。
松葉蟹と称して、紅ズワイガニが売られているのを見ます。
安いですが、松葉蟹とは全く違う味らしいですから、間違えないでくださいね。

娘は、婿殿に、焼きかに、ゆでかに、お味噌汁、外子、バッチリ、お土産に持って帰りました。
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午前0時、キリスト誕生
2006 / 12 / 25 ( Mon )
2年前のクリスマスはヴェネチアにいました。

24日夜11時、ヴェネチア島全部の教会の鐘がなり始めます。
ミサが始まりますの合図。長く長く鳴り続けます。

サンマルコ寺院に出かけると、寺院の前には行列が出来ていて、それを少しずつ入れていており、教会に入れた時は、もうミサが始まっていました。

常時は床のモザイク保護、見せるために中央部には入れないのですが、床の大部に、堂内T字形に椅子が置いてあり、満席。立つ人いっぱい。

集まる人のほとんどが教区民である他の教会では、11時30分にミサが始まる直前に行って席があったのですが、サンマルコ寺院は、旅人カソリック信徒、観光客などで満杯。
教区民は30人位か、T字型の一般席の前側、一般席からは、半円けいの階段数段上がった所の祭壇前の席にいました。

ミサはイタリア語、英語、フランス語、ドイツ語で進みました。

パイプオルガンの響き。男声合唱、女性合唱、混声合唱、独唱、言葉が教会内に響く。
分割合唱が誕生した教会で、分割合唱を聴きました!
歌う場所が祭壇側の、高いところ、下、中間、前、後ろと、立体的。
その教会の複雑な、高ぁ~い天井、空間に響く。素晴らしかった。

25日、午前0時、祭壇側の上がる数段の半円形階段に置いてあった藁床に赤ちゃんキリスト像が置かれました。キリスト誕生!

堂内の鐘が鳴らされ、オルガン、合唱は歓喜の声!響きわたり、堂内が黄金色に輝きました!
空気がどよめき、涙が出てしまいました。

堂内は天井も壁も総てが、黄金地色のモザイク画で覆われていますが、こんな風に、照明が当てられるなど、思いがけない事でした。
 
帰り道、途中にある教会はミサは終わっていて、路地通る人は無く、フォルモーザ教会近くのアパートに一人足音を響かせて帰宅。
1時50分でした。
イタリア | コメント(2) | page top↑
下田、爪木崎へ
2006 / 12 / 24 ( Sun )
下田、須崎の御用邸近く、爪木崎灯台へ歩10分の小さな温泉宿に友人4人と行って来ました。
部屋に入って、障子を開けると、うわぁ~~!と皆歓声。
白い灯台より高くに水平線。その水平線上に大島,利島、鵜渡根島、新島、三宅島、御蔵島、式根島、神津島、神島、神子元島…並んでいる!

アロエの赤い花々を見、水仙の自生地、三分咲き位の中の小道を通って灯台まで散歩。
私は景色に見とれ、数分スケッチしては、友人達に追いつき帰宿して温泉に。
浴室の大ガラス窓には海、水平線、島々。
時間により、大、小の浴室は男女入れ替え。勿論、両方入りました。

宿のパンフレット写真を見て、料理少な目か?私には適量、と思っていたのは大間違い、食べすぎで苦しくて、新鮮でおいしいお刺身を残してしまいました。残念!
伊勢海老半裁にサザエの殻付きがお味噌汁に!びっくり。
おいしかったです!
数日前が誕生日だった友人の為の乾杯に、熱燗頼んだら、お猪口、ぐい飲み、選ぶよう多種出され、見入りました。

玄関に大層な家の蔵の戸か、漆塗りの戸があり、女将さんの笑顔で迎えられて入ったら、あちこち、
骨董好きの私には嬉しい、何だろうっていう品、調度品。
そして、ロビーには日本、西洋の骨董品が。部屋にも!

熱燗用に、私は河合一門の作を選びました。
お隣は、九谷の内側金外側朱の杯。皆、ごきげん。

部屋で謡と仕舞、すこし勉強して、おしゃべり。
部屋のドア前に、お湯とお水のポットがいつの間にか、置いてありました。

寝る前、屋上に上がると、星が鮮明に瞬いて…
友人は、宿のアンケートの問い、”屋上に露天風呂をつくる計画”に賛成と言っていたのですが、
静かにテーブル、椅子で星を眺めるのも捨てがたい、と迷いの道に。
私は露天風呂で星を眺める派。

朝、4時40数分、部屋から朝日を見る!
雲があり如何かと眺めていると、利島の上に姿を現しました。
雲々を赤く染めて、大きく輝き渡って。

前日の夕日もジーンとしました。海を赤く染めて。
夕日は海面に陽光を残しつつ去って行きましたが、朝日は空を照らし、朝焼けからどんどん空を明るくし、海の夜があけていく…

帰宅の翌日の王先生の講座に行く前に、この夕日、朝日の感動を思い出して描いて持って行きました。

さて、1泊だけだったのに、友人達と何日も家を離れた気分で帰宅すると、郷里から松葉蟹がやって来ました!
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同じ大蔵流なのに?
2006 / 12 / 24 ( Sun )
今年は残すところ後1週間のみとなりました。
大晦日には、近くのお不動さんで除夜の鐘をついてみたいと思いつ、寒夜の長蛇の列と鐘楼への細く長い急階段にひるんでいましたが…
今年も長い列かなぁ。

昨日藤波能の会で、大蔵流、大蔵吉次郎さん(初めて拝見)の「鐘の音」を見ました。
先月見た和泉流では太郎冠鎌は屈託無く「鐘の音」と思い込んで鎌倉に出かけましたが、昨日の太郎冠者は、「成人の祝いに何で突き鐘の音?(主人は付け金の値と言った)でも言いつけだから参ろう」と出かけます。

五大堂の鐘。太郎冠者が突きますと、「グワッ」、割れ鐘。

寿福寺の鐘。人々に突かせぬので、太郎冠者は石を投げます。
      大きい石を投げても、小さい音で「キィーン」

極楽寺の鐘。山頂に鐘楼。登らず下で聴く。「コーン」「コーン」
      響きの無い、硬い音だ、と言う。

建長寺の鐘。太郎冠者が突きますと、「ジャ~~~ンモ~~~ン
      モ~~~ンモ~~~ンモ~~~ンモ~~~ン」

太郎冠者が帰って、鐘の音を報告すると、主人は怒ります。
その主人に向かって、自分の思い違いは置いといて、「付け金の値なら、そうとはっきり言えばよかったのだ」と言い返しました。
びっくりしました。
しかし、主人に勝てるわけは無く、主人に追われて逃げようとします…
これで終わりか…
とすると、橋掛りに、主人と同格の衣装でずっと座っている人は何なんだ?
と、その人が「まず待たらせられい!」と太郎冠者と主人の間に割って入りました。仲裁役でした。

仲裁によって、太郎冠者は自分の不調法を反省し、「突き鐘も目出度いもの、和子さまのお差し初めを世にワッと響き渡らせられるよう、鎌倉の突き鐘の音をおめにかけます。
機嫌をなおして聞いて下さるように」と言い謡い出します。
主人も喜んで、めでたしめでたし。

大蔵流狂言なので、山本東次郎さんと同じ台詞回しと思っていましたが、大違い。
和泉流と全く同じ、自然な話し言葉の抑揚に近くて、大蔵流でも全く違った芸風の家、家があると初めて知りました。

大蔵流山本家の狂言を始めて拝見した時は、力強い台詞で語尾を上げる、現代言葉と余りにリズム、高低が違っており、違和感にとまどいましたが、何度か拝見するうち、真似したくなってきて「それではまいろおぉ」などとやっております。
最後の音程がいいんです。くせになります。

なぜ同じ流派なのに芸風がこんなに違っているのか、「能狂言事典」(平凡社)を見てみました。
始祖から詳しく載っていますが、う~~んと、ほとんどを省略して、

”大蔵流は江戸幕府のお抱えの狂言として洗練され、芸風も剛健で能に近い趣と言われていた。
明治時代に本家は中絶したが茂山家、山本家など弟子家が続いている。山本家では今でも伝統の芸風維持に努めている。
茂山諸家は写実味を加えていった。”とあります。

茂山家は爆発的面白さですよね。面白く、魅力増すよう、工夫変革があったんですね。
山本家、現代人の言葉リズムと異なる、伝統の芸風を維持しようという事は、大変な難事だと思います。これもすごい事ですよね。
緊張をほぐす演劇、狂言において。

和泉流と大蔵流大蔵家の「鐘の音」を続けて拝見しましたが、山本東次郎さんの「鐘の音」どんなでしょうか?
観たいです!

さて帰りは、謡い仲間と天ぷら屋で、今年最後の乾杯。
木々はクリスマスのイルミネーションで明るく輝いて、通りは若者であふれる渋谷の街を駅に向かいました。
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